2013年9月9日

武蔵小杉駅

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武蔵小杉駅(むさしこすぎえき)は、神奈川県川崎市中原区小杉町三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京急行電鉄(東急)の駅である。

乗り入れ路線

本駅には、JR東日本と東急の2社が乗り入れ、接続駅としての役割も果たしている。 JR東日本の駅には、一般列車としては南武線・横須賀線・湘南新宿ラインの3系統が乗り入れる。なお、横須賀線と湘南新宿ラインは線路名称上東海道本線の支線で「品鶴線」の通称を持つ(詳細は路線記事又は「鉄道路線の名称」を参照)が、旅客案内では前述の路線・系統名が使用され、「東海道(本)線」「品鶴線」の名称は使用されない。かつては南武線のみの駅であったため、現在も同線を所属線区としている。また、横浜支社の管内となっており、品鶴線西大井方の多摩川橋梁の横浜側堤防上には東京支社との境界が存在する。なお、品鶴線を経由する特急列車として、東海道本線方面の特急「スーパービュー踊り子」の新宿方面発着列車と、成田空港への連絡列車である特急「成田エクスプレス」の横浜または大船発着列車が停車する。 東急の乗り入れ路線は、線路名称上は東横線のみであるが、複々線化に際して目黒線の列車も停車するようになり、東横線の列車とは案内上は区別されている。本駅の駅番号としてそれぞれ「TY 11」「MG 11」が付与されている。 以下、本記事では特に必要がない限り、旅客案内上の名称を使用して解説する。

歴史

  • 1926年(大正15年)2月14日 - (旧)東京横浜電鉄、丸子多摩川駅(現多摩川駅) - 神奈川駅開通。現在の本駅付近には駅は開設されず[1]
  • 1927年(昭和2年)3月9日 - 南武鉄道線、川崎駅 - 登戸駅間開通。現在の本駅付近には駅は開設されず[2]
  • 1927年(昭和2年)11月1日 - 南武鉄道線、向河原駅 - 武蔵中原駅間にグラウンド前停留場武蔵小杉停留場を開業。
    • 現在の武蔵小杉駅の位置にあったのがグラウンド前停留場で、当時の武蔵小杉停留場はその西方の府中街道(国道409号)との交点にあった。
  • 1929年(昭和4年)8月21日 国鉄東海道本線の貨物支線(品鶴線)として、品川駅 - 新鶴見操車場 - 鶴見駅間が開業。現在の本駅付近には駅や信号場は設置されず。
  • 1937年(昭和12年)10月30日 - 本駅を含む南武鉄道線の向河原駅 - 武蔵中原駅間が複線化。
  • 1939年(昭和14年)12月11日 - 東急の工業都市駅が開業(複線)。府中街道との交点付近にあった。
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 南武鉄道線が国有化されて国有鉄道南武線となる。グラウンド前停留場が駅に昇格、武蔵小杉駅に改称。武蔵小杉停留場廃止。
  • 1945年(昭和20年)6月16日 - 東急の武蔵小杉駅が開業。
  • 1948年(昭和23年)11月10日 - 南武線武蔵小杉駅で小荷物の取扱いを開始[3]
  • 1953年(昭和28年)3月31日 - 工業都市駅が廃止し、本駅と統合。本駅と200mしか離れていなかった。
  • 1959年(昭和34年)12月 - 国鉄(北口)の駅前広場が整備され、東急バスのターミナルが工業都市(現・東横線小杉駅)から小杉駅前(北口広場)へ移動。
  • 1964年(昭和39年)10月1日 - 国鉄東海道新幹線開業。本駅付近では品鶴線の西側、同線に並行して建設。駅は設置されず。
  • 1976年(昭和51年)3月1日 - 国鉄武蔵野線の貨物専用区間として鶴見駅 - 府中本町駅間が開業。本駅の直下を通過するが、ホームは設置されず。
  • 1980年(昭和55年)10月1日 - 東京駅 - 大船駅間で東海道本線と横須賀線の運転が分離され(SM分離)、品鶴線が旅客化されて横須賀線電車が運転開始。川崎市内では新川崎駅が設置。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により国鉄の駅はJR東日本の駅となる[4]
  • 1988年(昭和63年)11月27日 - 南武線連続立体交差事業に伴い武蔵中原方の下り線を高架に切り替え。
  • 1990年(平成2年)12月20日 - 南武線連続立体交差事業に伴い武蔵中原方の上り線を高架に切り替え。
  • 2000年(平成12年)8月6日 - 東急目黒線が開業し、多摩川駅 - 武蔵小杉駅間が複々線化。東急のホームが2面4線となる。
  • 2000年(平成12年)9月26日 - 東急目黒線が都営三田線・営団南北線との直通運転を開始。本駅は西高島平駅・赤羽岩淵駅方面への列車の始発駅となる。
  • 2001年(平成13年)11月18日 - JR東日本でICカードSuica供用開始。
  • 2005年(平成17年)4月4日 - 横須賀線の新川崎駅 - 西大井駅間に本駅のホームを設置することがJR東日本と川崎市との間で基本合意(後述)。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 東急でICカードPASMO供用開始。
  • 2008年(平成20年)6月22日 - 東急目黒線、武蔵小杉駅 - 日吉駅間が延長開業。同区間が複々線化される。
  • 2010年(平成22年)3月13日 - 横須賀線の駅が開業し、同線と湘南新宿ライン・特急「成田エクスプレス」・特急「スーパービュー踊り子」の停車駅となる。定期券以外の本駅経由の通過連絡運輸を廃止。横須賀線と南武線の駅の改札外連絡扱いを開始。
  • 2011年(平成23年)4月9日 - 新設された南武線快速の停車駅となる。当初は3月12日からの実施予定だったが、前日に発生した東日本大震災による電力危機に伴う計画停電の影響により延期。
  • 2011年(平成23年)6月25日 - 横須賀線と南武線を結ぶ正規連絡通路が完成・供用開始。これにより両線の駅の改札外連絡扱いを廃止。
  • 2013年(平成25年)4月2日 - 武蔵小杉東急スクエアが開業。これにあわせて同ビル4階と東急のホームを結ぶ東急スクエア連絡口を供用開始。

駅名の由来

  • 南武鉄道の駅が開設される際に地名を採ったものであるが、北陸本線の小杉駅(富山県射水郡小杉町〈現・射水市〉)と区別するために旧国名を冠して武蔵小杉とした。小杉は、江戸時代には中原街道の小杉宿として栄えていた。
  • グラウンド前駅の由来は、駅前に横浜正金銀行のグラウンドがあったためである。このグラウンドはその後同行の後身である東京銀行が使用していたが、東京三菱銀行となった際は資産整理のため閉鎖された。跡地はしばらく有料駐車場となった後、三井不動産グループの手で開発された高層マンション「パークシティ武蔵小杉(ミッドスカイタワー、ステーションフォレストタワー)」が2009年に竣工した[5]
  • 工業都市駅の由来は、駅周辺に工場が多く立地してきたため、その最寄り駅として設置されたことによるものである。そのため、東急バスの「東横線小杉駅」バス停留所は長らく「工業都市」を名乗っていた。なお、東京横浜電鉄と南武鉄道はお互い関係会社という位置付けでありながら実際は競合し反目していた間柄であったため、その交点に駅が設置されることはなかった。

横須賀線の駅設置の経緯

貨物列車専用であった品鶴線に横須賀線の列車が走るようになった後も、品鶴線側には長らくホームが設置されていなかったが、2005年4月4日、川崎市とJR東日本は横須賀線武蔵小杉駅設置に関して基本合意した。
  • 開業 - 2010年3月13日に仮開業。当初は2009年度中に本開業する予定であったが、南武線と横須賀線の連絡通路工事でも東海道新幹線のレールがずれないようにするための追加工事や工法変更が必要となったため、まずは暫定通路や仮ホームを利用した開業となり[6]、正式開業はその約1年後となる予定に変更された。
  • 場所 - 新川崎駅から約3km、西大井駅から約6kmに位置する横須賀線と南武線の交差部。地番は川崎市中原区新丸子東三丁目1111番。
  • 駅構造 - 島式ホーム1面2線の高架駅となる。ホームは横須賀線の下り線路を外側に移設して確保した空間に新設する(隣接のNEC玉川事業場の土地を駅敷地として一 部譲受)。ホームの長さは310m。並行して敷設されている東海道新幹線の線路は現状維持となる。また、新川崎寄りのホーム側に新改札口(新南改札)と駅 前広場が建設される(従来の南武線側の改札口は「北改札」となる)。
  • 連絡通路 - 南武線の駅からは東に離れた場所に位置しているため、同線の駅から線路に沿って西大井寄りのホーム先端付近につなげた。全長250m。また、通路は高架式 および地下式タイプではなく地平レベルとなることから、途中の綱島街道の道路下と東海道新幹線の線路下をくぐり抜けて階段、動く歩道、エレベーターが設置される構造となる。この通路は仮開業から1年後の2011年春季の完成予定となっていたが、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響により延期となり、同年6月25日からの供用開始となった。
    • 駅開業時から約1年程は暫定通路[7]での連絡だったため、本設通路完成時までは暫定措置として改札外連絡も 可能だった。この場合は改札を出て30分以内に入場する必要があり、新南改札と北改札に設置されていたオレンジ色にラッピングされた自動改札機から出場し なければならず(北改札は一部改札のみ対応)、これを超えた場合、乗車券は新たに降車駅までの乗車券が、SuicaなどのICカード乗 車券は乗車駅からの運賃と降車駅までの運賃がそれぞれ必要だった。また、SuicaなどのICカード乗車券で改札外連絡を行う場合、出場時に乗車駅からの 運賃を差し引き、降車駅で不足額を差し引くが、実際の乗車区間が本駅までの運賃より安い場合は降車駅までの運賃との差額を返金できないため、連絡通路を利 用しなければならなかった。乗車券で本駅までの運賃が不足している場合や、SuicaなどのICカード乗車券で改札内にある指定席券売機で乗車券を購入する場合も同様だった。本設通路の完成によりこれらの取り扱いは終了となり、自動改札機のオレンジ色のラッピングも撤去された。
  • 事業費 - 約200億円。そのうち約30億円は駅前広場などの関連施設に充当される。
    • 駅舎 - 川崎市が全額負担。
    • 連絡通路 - 川崎市とJR東日本が折半。
開業時の横須賀線の乗降人員は、他線からの乗り換えも含めて一日あたり約7万人程度を見込んでいたが、初年度の乗車人員は4万人程度であった。
  • 当初、2009年度開業時点のJR東日本と東急を合わせた全体の1日平均乗降人員は、2003年時点の約14万人から4万人増の約18万人程度と見込んでいたが、2008年時点では28.3万人である。
  • 開業後は横須賀線[8]・湘南新宿ライン、および横浜方面発着の特急「成田エクスプレス」全列車と新宿方面発着の特急「スーパービュー踊り子」3・10号が停車している[9][10]。ただし、平日朝と夜に運行する「ホームライナー」関連の列車はすべて通過する。
これにより、本駅を発着、または経由して東京近郊区間内のみを乗車する場合、運賃計算経路が短くなり、従来に比べて運賃が値下げとなる[11][12][13]。また、現行の南武線と東京山手線内との間を東急東横線、小田急小田原線で経由する定期券以外の通過連絡運輸[14]は廃止となり、乗車される区間をそれぞれ合算した運賃となる。ただし、定期券は従来通り前後のJR線営業キロを合算する。

駅構造

JR東日本と東急の駅は改札内での相互の往来は不可能であり、改札を出て連絡通路を経由するようになっている。なお、かつて両社のホームを連絡する中間改札口が設置されていたが、東急の駅改築にあたり廃止となった。 JR東日本の駅には北口・西口・東口・横須賀線口が、東急の駅にはJR連絡口と南口があり、このうちJR連絡口は北口(JR東日本の橋上コンコースに接続)と東口に分かれる。

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